体験談 Story Of One's Experience

筆者の体験談

薬が治療の主軸になるのは当然ですが、主治医との信頼関係、周囲の人々の理解も重要になります。(それが難しいのは筆者が31年体験している事ですが。)精神的側面の問題を極力解決する事が、大きな結果をもたらすと思います。
主治医はFMを理解できていなくても「痛みで苦しんでいる」ことを病気と認識し、話を聞いてくれることが望ましいです。「普通の人ができるのに自分はできない」という焦り、絶望感、日常生活の不自由、社会復帰の問題なども生じるので、それらも相談できると助かります。
FM患者は見た目には障害があるわけでもなく、元気そうに見えるので、普通の人には理解するのは難しく時間がかかります。身近で援助してくれる人には、 根気よく、一つ一つ説明しなければなりません。割り箸が割れない、コーヒーミルクが開けられない、牛乳パックが開けられない、お箸でラーメンは食べられな い、シャンプーできない、洗濯物が干せない、字が書けない、等々。
それでも力を借りなくては生活できないので、割り切ってできないことはできないと知ってもらった方がやりやすくなります。

薬の効果が大きいのは、発病後3年までという報告もあり、診断まで長引くほど治療効果が期待薄になるようです。もちろん人によります。薬を飲み始めて、短期間で完治したという人もあります。ただ、筆者のように、診断まで大変な年月がかかる場合も多く、「一生の付き合い」といわれてしまうこともありま す。
「一生の付き合い」といわれれば誰でもショックを受け、希望を無くし、為す術も無く寝込んでしまいます。勿論筆者も3年間、寝たきりで、泣いてばかり、しばしば自殺の衝動に駆られてパニックにもなり、119番のお世話になりました。刃物は全部ガムテープでぐるぐる巻きにしてありました。お尻とかかとに褥創ができて驚きました。
辛いことですが、あるとき「これではいけない」と思い、自力でリハビリを初めて、室内だけでも動けるようになりました。悲しんでばかりいても自分の人生は変わりません。理解し てもらい、協力してもらうには、それなりの説明の努力が必要です。

「自分の人生だから自分で立ち直らなくては」と思えたときには、薬以上の力が湧いてきました。殆ど寝たきりなので大したことは出来ません。絶望していればTVも見る気になりませんが、筆者のはじめの取り組みはまずTVを見て笑うこと。事件や政治に関心を持っていろいろ覚える事。動物ドキュメントは思い切 り感動して泣く事。頑なな心ではなかなか笑えません。半年かかってようやく心が少しほぐれた感じです。
それからは少し人とも話せるようになり、自分の事を話すと力を貸してくれる人が徐々に増えてきました。車椅子で散歩をさせてくれ、3年ぶりにスーパー マーケットで買い物をし、喫茶店でコーヒーを飲む(何年ぶりだろう!)、障害者の集いにも参加しました。障害もいろいろで、とても若い人もいましたが、皆とても明るい!。わたしが手で不自由しているのを見て、障害者用の便利グッズを教えてくれました。絶望感は次第に消えて行きました。

もう少し体を動かそうと思い、ベッドに腰掛けて脚の運動と、看護師さんに教わったパーキンソン体操。アメリカリウマチ学会からFM体操のビデオが発売されていますが、ヨガと腰痛体操を組み合わせたものらしくて、わたしにはまだ無理。水中歩行も無理でした。
ベッド上で座る、腰掛ける練習。はじめは10分と座れなかったのが、今では2時間頑張れる。パソコンに夢中になっているうちに記録が伸びる。まだ自力で外には出られないけど、何かしたい気持ちが強くなってくる。何とかして社会と関わり合いたい。同病の人とも話がしたい。

わたしは痛みのために些細な事も出来ないで困る。身のまわりの事すら出来ない。健常者にはなかなか理解されない。不自由は体験しないとなかなか分からない。元々は元気だった自分が不自由になる、この落差と絶望感。

痛みが始まったらどうする事も出来無い。ベッドで歯を食いしばりながら過ぎ去ってくれるのを待つ。でも、心が病気に勝てたら、その時間は自分が病気に勝てている。何もできない体だとしても、勝っているといえると思う。
この線維筋痛症と共存し、勝つのは、そんなことから始まるのかもしれない。一度ならず何度も死のうとした私がようやくここまで来るのに31年かかった。立ち直るのに遅すぎる事は無いと思います。

                                    出典:橋本裕子著「そうまでして生きるわけ」佐久書房
 

参考文献
「椅子がこわい」 夏樹静子著
「ふたたびの生」 柳澤桂子著 草思社 2000年3月30日
「認められぬ病・現代医療への根源的問い」 柳澤桂子著 山手書房 1992年

「笑いと治癒力」について

この本の著者はアメリカのジャーナリストで、自身が白血病と膠原病とを(最新医学を用いないで)克服したと書いています。医学的に詳しいことは述べられていないので分かりませんが、「笑い」、生に対するポジティヴな態度は、治癒力にも大きな影響を与えることは知られています。

「笑いと治癒力」 ノーマン・カズンズ著:岩波現代文庫2001年

日本でもN大学医学部が、毎月1回落語家を招いて、患者に笑ってもらうという試みをしています。また、老人医療施設でも、笑いが痴呆症や健康維持に良いので実際に取り入れています。その他ペットを飼う、身だしなみに気を配る、趣味を持つなど、小さなことでも治療にはプラスになることが知られています。

日本医科大学では、リウマチ、免疫系の患者さんを集めて寄席を開き、血液検査でよい結果が得られています。

「笑い学会」は、笑いと病気の研究を各科の医師が集まり、精神的にはもちろん、血液検査でもNK細胞の活性化などを報告しています。笑い学会のホームページを見て下さい。

そもそも、病気とは何か?治癒するとはどういうことを指しているのか?最近では心の病気も含めて、病気と健康の境目がはっきりしなくなっているような気がします。元来、境目などないのでは?・・・100%健康には自信があると言う方もおられるし、自分は重病だと言う方もおられるでしょう。もちろん私は医学的に、病気だ、健康だ、と言う話をするつもりではありません。

誰でも普通は、「概ね健康、時々病気。」そうではありませんか。比重の違いで「概ね病気、たまには調子よい」とか「かなり病気、でも生きている」こんなところを振り子のように動いているのではないのでしょうか。私は幾人かの重症患者さんと友達になって、話を聞くたびに医師の「余命何ヶ月」とか「このまま寝たきり」と言う宣告に疑問を感じてきました。医師が宣告するのはそれなりの医学的根拠もあって、必要でもあるから宣告するわけで、まあ大部分の患者はそのとおりになっています。でも「半年と言われたのに3年生きている」と言う奇跡はしょっちゅう起きているし、「寝たきり」と言われた人がリハビリを頑張って歩けるようになっている。
私も16歳で結合組織炎(今でいう膠原病)といわれ、当時の延命率は2年でした。私は何の治療も受けないで、12年後に受診した大学病院で「結合組織炎で10年以上生きているはずがない」と言われました。でも現に私は生きています。

ある癌の専門医は言いました。「末期とは死の数時間前だけだ」。それまでは何らかの打つ手はあるし、諦めるべきではないと言う意味でしょう。私個人としては、大量の医療行為を受けることには条件付で反対です。ただ、諦めるべきではないという点には賛成です。針を刺し、切り刻むだけが医療ではないはずです。どんなに成す術がないといっても、何か出来ることはあるはずです。

患者側としても、希望は捨てるべきではなく、出来ることはすべきです。何人かに聞いて見て下さい。「助からないと言われたけど助かっている人」が幾人もいるはずです。これだけ沢山の奇跡が起こっているようでは奇跡とは言えないし、医師の「宣告」も良く外れると言うことです。

すべての生き物には、生き残っていけるような仕組みが備わっています。本能、免疫、生きる知恵。それらをフルに活用しないなんて、もったいない。
そのひとつが「笑い」です。笑えば肺活量も増え、交感神経が安らぎ、毒蛇に次ぐ強い毒性のノルアドレナリンの分泌が減る。生理学的にも良い事ずくめだし、精神的にも自分だけで無く周りの人たちまでほっとさせる。笑いが良いと言うことは、あまりにも当たり前すぎてわざわざ論じるまでも無いかもしれない。
有史以来、「人間とは何か」と古今東西の哲学者が問うてきたけれど、いろんな説がある中に「人間とは笑うものである」と言った哲学者がいました。人間とは何か、これを言い換えれば、人間と動物はどこで区別できるか、です。笑うのは人間だけでしょうか。犬や馬が笑うと称して写真が報道されますが、そういう顔をするというだけで、可笑しいという感情は伴ってはいません。動物は表情筋が人のように発達していないので笑わないのです。でも、面白い、可笑しいという感情はあるようです。

問題なのは笑えなくなった時です。ちょっと体調が悪いだけでも笑う気になれません。まして体が不自由だったり、痛みや不快な症状があったり、心に問題があったら笑う気になどなれません。
私は手足を動かすことも出来なくて、食事もシェイクのような経口栄養を(バニラ味で美味しかったけれど)1日3回1缶看護婦さんが口に入れてくれる。それ以外のものは何も食べられない。食事制限ではなくて、手が動かないからです。美味しくても毎食これではすぐに飽きてしまうけれど、「口から入れるだけでもまだ良いほう」と看護婦さんが言う。食道や胃に直接入れられたら味を感じられないのです。社会復帰の見込みも無く絶望していました。そんな時に私に笑えと言う奴がいたらブッ殺してやる、と思う。誰でも笑ってる場合じゃないと思うでしょう。
そういう笑えない状況にいる時に笑うには、非常な楽天家か、無理をしているか、アホのどれかでしょう。それを敢えて言いたい、「笑おう」と。生に対してポジティヴで前向きな気持ちを持つことは、免疫力を高め、気力を起こさせ、良い事ずくめです。

フラセボ効果、薬品の実験で使う言葉ですが、偽薬を「これは良く効く薬」と言って被験者に飲ませて、本物の薬を飲んだ被験者とを比較します。「絶対良く効く」と信じて飲んだ場合は、「こんなものは効かない」と疑っている場合より良い結果が出ます。私自身このフラセボ効果に興味を持ったのは、小さい頃発熱して寝かせられた時でした。母が「熱を下げる薬」をオブラートに包んで飲ませてくれました。その夜ぐんぐん熱が下がりました。翌朝「実は胃薬と間違えて飲ませてしまった」といわれてびっくりしました。
その後は注射の時など、「この先生は痛そう」とか「この看護婦さんは痛くない」と、第一印象ではっきり決めてしまうと、結果はそのとおりになるということを発見しました。小さな子供の体験ですから、科学的には実証できません。しかしあながち外れてもいないと思います。医師との信頼関係が大切なのはこのような心理が働くからです。

もちろん何事にも限度があるもので、どう診ても外科的に、物理的に、内科的に対応しなければならないことがあります。しかし線維筋痛症の場合、外科的、物理的、内科的にどうにもならないことが多く、痛みや症状が慢性的に長引く場合が多いのです。長い年月、痛みを持ち続けるのは精神的にダメージを受け、不眠、食欲不振、欝になりがちです。社会生活、日常生活、ともに支障をきたした状態では「闘病」という強い精神力は長くは続かないかもしれません。

「痛みは究極の敵ではない」と前掲の著者は書いています。もちろんすべてがそうではありませんが。麻酔や薬があるなら利用すべきですし、カウンセリングや家族、友人の温かい言葉によって痛みが軽減することもあります。線維筋痛症に関して言えば、痛みの止まる決定的な薬はまだありません。人により効くか効かないか大差があります。少しでも痛みを軽減したいのは当然で、根気良く自分に合う薬探しは続けるでしょう。

薬に平行して、「笑い」が効果あるならば、こんな手近な方法はありません。なぜ痛むのか、なぜ和らげられないのか、線維筋痛症患者は何も知らされて無い状態に近いと思います。線維筋痛症と診断すらされてない人も非常に多いと思います。理由の分からない痛みが襲ってきた場合、パニックになります。「何故だ。何故悪いこともしていない自分がこんな理不尽な痛みに!」「この痛みを止める薬は無いのか!」こんな風にパニックは続き、今度は体に悪影響を与え、痛みを強くしてしまいます。
パニックの悪循環を断ち切るには、精神的に落ち着くこと、誰かが温かい言葉で接してくれること、理解されること(病気を理解することも大事です)、明るく前向きになること・・・それが簡単でないのは百も承知ですが「笑い」が一時の清涼飲料になるのは間違いないと思います。

「笑い」は「闘病」ほど強い意味ではありませんが、充分ポジティヴでは無いでしょうか。強風を受け流している柳のようにしたたかとも思えるのですが。線維筋痛症は長期戦です。誰にも、どうにも出来ない痛みを抱えて、生き方を考えざるを得ません。でも、きっと生きていけると思います。

                       出典:橋本裕子著「そうまでして生きるわけ」佐久書房