手記 04 Note 04

40代女性の場合

私は、昨年(平成14年)11月にA医大の膠原病リウマチ痛風センターで線維筋痛症と診断されました。現在、慢性疲労症候群(CFS)と合併しており、膠原病(ベーチェット病・シェーグレン症候群)の疑いもあって経過観察中です。

1.発病と経過
<発病>
H13年10月にマイコプラズマ肺炎を患った後、微熱・倦怠感がずっとあり、体調不良が続くようになりました。その後、首と肩胛骨がこわばって動かなくなることがたびたびありました。年が明け、足の裏(指の付け根)に激痛が走るようになりました。また、足や腹部に帯状の湿疹が出来ました。
同年5月、右わき腹から肩にかけてぬける激痛が走り、横になって寝られないのが3日間続き、息をするのも苦しいぐらい痛みました。これはおかしい・・・と思い近くの市立病院の内科と整形外科を受診。血液検査、エコー、レントゲン検査を行った結果は異常なしとのことで、内科では「整形外科的なものでしょう」、整形外科では「内科的なものでしょう」と、言われてバファリンとシップ薬を処方されました。

<診断>
その後も微熱は続き、倦怠感もひどくなってきたので、夫の主治医である漢方医に相談した所、CFSかもしれないので、検査を進められ、A医大の膠原病リウマチ痛風センターを紹介され、受診しました。そして、レントゲン、血液検査、問診、圧痛点などをみて、線維筋痛症と診断されました。また、CFSも合併しているとのことでした。担当医からは、「原因も治療法もありません」と言われ、大変ショックでした。場合によっては効くかもしれないとモービックが処方されました。

<入院>
もともと糖尿病も持っていたのですが、(2型・30歳で発病・薬剤治療なし)、診断時に行った血液検査で、血糖値が非常に高く、先に血糖コントロールを行ったほうが良いと言われ、紹介状をいただいて、A医大の糖尿病(DM)センターを受診。H15年2月初旬より2ヶ月半入院しました。
この時点で、体の痛みはピークになっていて、歩くこともままならないような状況でした。DMセンターの主治医は、痛みの原因を見つけましょう、と様々な検査をしてくださいました。
神経内科、整形外科、婦人科、血液内科も受診。特に異常なしとのことでした。この間、腹部エコー検査で脾腫が見つかり精査となりました。
血液検査では、CRP値が0.5~2.0と若干高く、やはり、どこかに炎症があるのかもしれないと、さらに検査をしたところ、抗核抗体(ANA)が2560倍で膠原病の疑いがあるとのことでした。再び膠原病リウマチ痛風センターのBDrのもとへ。DMセンターの主治医と受診。検査の結果、私の場合は、何かの膠原病があり、線維筋痛症はその二次的な症状とのことで、経過観察しながら、いろいろ薬を試しました。
リウマチ性多発筋痛症の疑いもあるので、診断的治療としてステロイド(プレドニン10ミリ×4日)を試しましたが、痛みに対して効果はありませんでした。その後、パキシル、トフラニール、テグレトールと薬を変えて飲んでみましたが副作用が強く出て中止しました。
口内炎がいくつも出来て、微熱が続いて苦しかったです。非ステロイド性鎮痛薬のボルタレンが若干効いているようなので、飲み薬と座薬を併用して、痛みを軽減させましたが、肩関節、腹部、足、手指の激痛で眠れない日が続きました。
足に激痛があるので、徐々に歩けなくなり、病院では半分車イスの生活でした。
抗うつ剤が、痛みの閾値を上げるということで、神経精神科のB教授を紹介していただき、受診しました。脳波には異常はなく、うつ病でもないとのことで、やはりCFSでしょうということで、三環系抗うつ剤のアモキサンが処方されました。痛みが少しラクになりました。この間、私の症状に対して、症例検討会が開かれましたが、線維筋痛症は難しく、痛みのコントロールは膠原病科と神経精神科で行うことになりました。また、エコーで見つかった脾腫について検討した結果、摘出することになり、消化器外科に転科して、4月に全摘出手術を行いました。

<退院後>
こうして、血糖コントロールと痛みのために入院し、脾臓摘出手術というハードな入院生活が終わり、自宅での療養が始まりました。手術の傷口の痛みとともに、手足の激痛が襲ってきます。
痛みは、何ヶ月もずっと変わらない場所と、移動する痛みがあり、激痛・疝痛・鈍痛・・・と波があります。
また体のこわばり、手足のしびれ感やむずむず感もあります。
現在は、漢方医にもかかり、アモキサンと、漢方薬で痛みを軽減させています。

2.発病時期の環境やきっかけと思えること
私の場合、夫の病気と、それに付随するストレスがきっかけではないかと思います。
ちょうど2年半前、夫がCFSを発病し、職場を休職して自宅療養となり、その心配と、家庭のこと・経済的なことが自分の肩にかかって、疲労とストレスがピークだった時期に、肺炎になり・・・そこから、ガタガタと体調を崩して痛みがひどくなったように思います。

3.現在の悩み
入院中の車イス生活から、少しずつ歩けるようになりましたが、まだ長く歩いたり電車に乗って通院したりすることが出来ません。生活のQOLも下がり、手指が痛むので、食事の支度や家事が思うように出来ません。
主婦としては致命的ですね。。。

4.つらかった出来事
線維筋痛症には治療方法がない、と言われたことがつらかったです。
また、痛みに波があり、普段、痛みがある日は車いすで移動していましたが、体調の良い日は歩けるので、その後痛くなった時に車いすを押してもらおうとお願いしたら、「歩けていたのにおかしい」と、車いすを出してもらえなかったこと。

5.医師に言われてつらかったこと、うれしかったこと
つらかったことは、「治療法はありません」と断言し、為す術がないことを説明され、「だけど死ぬような病気じゃありませんから」、と言われたことでした。
たぶん、医師は安心させてあげたいと思って、おっしゃったのだと思いますが、死ぬような病気じゃなくて良かったのだけれど、死にたいと思うほど痛むのです。
その痛みがずっと継続するのかと思うと、絶望的な気持ちになりました。
嬉しかったことは、入院中の主治医に「痛みを軽くする方法があるはずだから、一緒に頑張りましょう」と言っていただいたことです。

6.福祉や行政の面で困ったこと
夫婦でCFSとFMSで治療中なので、外へ働きにいくことが出来ず、生活はとても苦しい状態で、治療費もやっとの思いで捻出しています。障害者手帳や、障害年金について、ソーシャルワーカーに相談したことがありますが、難しいと言われました。介護保険も適用されないと聞きました。CFSやFMSは、治療期間も長くかかる病気なので、膠原病の特定疾患のように、公費補助が受けられるようになることを願います。

7.生活の場面で困ること
手指と足が痛むので、生活すべての行動が制限されます。細かく言うと、洗濯を干すピンチがひらけなかったり、ボトルのキャップを開ける、包丁で野菜を切る、文字を書く、財布から小銭を出す・・・など、作業が出来ません。食事の時も、お箸が持てず、フォークで食べています。
また、足が痛むので、立って家事をすると、その後はしばらく休まないと、次の動きができません。

8.病気になって思うこと
はじめは、線維筋痛症と診断されても、もしかしたら他のすぐに治るような病気かもしれない…と、自分の病気について、正面から見据えることが出来ませんでした。けれど、友の会の闘病記や、線維筋痛症についてのHPを読ませていただき、少しずつ病気について理解が深まるにつれ、自分の状況を受け容れることが出来るようになりました。
以前は出来ていたことが、出来なくなること。これほどツライことはありません。
でも、物事は受け止め方で変わることを、病気になってわかりました。今できることを大切に少しずつやっていこう。そういう気持ちになれました。
また、CFSで治療中の夫に対しても、以前より理解してあげられるようになったと思います。互いに助け合いながら生きていくことの大切さを、この病気によって教わった気がします。そして、同じように痛みで苦しんでいる人と、ツライ思いを少しでも分かちあい励ましあえたら・・・と思い、ネットを通じてコミュニケーションをはかっています。

9.周囲の人たちや医療関係者の理解について
線維筋痛症は最近メディアでも取り上げられていますが、まだまだ認知度が低く、見た感じは元気そうなので、周囲からの理解を得ることが難しいと感じます。
入院中に受診した整形外科のドクターからは「線維筋痛症なんて知りません。
足の痛みは、あなたの足が扁平足だから中敷きをひけば治る」と言われ、神経内科のドクターには「線維筋痛症なんてワケのわからない病気につける病名だ」と言われました。痛みは確かにあるのです。原因がわからなくても、たとえ病名がはっきりしなくても、患者の痛みを抑えようと努力してくださる医師が、一人でも増えることを願望します。

10.何が自分を支えたか
医師にも理解してもらえない痛みが続く中で、家族と友人の励まし、そして、友の会で知り合った友人との情報交換や励ましが、本当に自分を支えてくれたと思います。“一人じゃないんだ”という安心感がありました。
そして、必ず治ると信じて痛みに耐えるうちに、少しずつ自分が強くなってきたように感じます。